| ハワイから帰国して早7ヶ月が過ぎ様としていたときふと思った。うーん、正直なところ結構日本って住みづらい。通勤時間は尋常じゃない長さだし、アパートだってちっこくて家賃はめちゃめちゃ高い。電車を利用している方の80%の人がものすごいしかめ面をして、かなり不機嫌そうだし、、、僕もあんな顔して毎日通勤しているのだろうか。なんだかぞっとしてしまった。このままこんな生活を続けながら子供を産んで、育てられるのかな?なんだか不安、、、
1998年9月に韓国へ旅行に行き、その帰りの電車の中でそんな不安は急激に存在感を持ちはじめてしまった。「もう、とにかく我慢ができない!!」と、僕のなかで何かがはじけたような感じだった。今までたまりにたまっていた不満と疑問、いきどうりや不快感などなどの負の感情が関を切ったように流れ出してくる。なんであんなに電車って不快なのだろう。人とぶつかっても「すみません」の一言もないサラリーマン、人の迷惑も顧みず平気で大声で話をしているオバさん達、うるさいガキどもに携帯電話を人の耳元で使いつづける女子高生、、、「とうとう潮時が来たなー。」思いのほか冷静だったかもしれない。その夜、奥さんに会社を辞め田舎でレストラン経営をしたい事を伝える。でも、なかなか理解してもらえずに「冗談でしょ!」なんて一笑されてしまうしまつ、、、
まあそれでもどうにかこうにかOKをもらって、全て「0」からのスタートを切る事になったのでした。人間いつ死ぬかわからないし、やりたい事をやらなければやはりつまらないと、個人的には思うのです。我慢しすぎて何かを見失うくらいなら、本能の欲求のままに煩悩をもやしてやるのだー。ということで、あっという間に「田舎に家を建ててそこでレストランをやる。」という、人が聞いたら「何を甘い事を」とお叱りを受けてしまうような生き方を、僕ら夫婦は選択したのであります。
(でもいろんなことがあって大変かも、、、)
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